目の前に一本だけ残して捨てきれずにいるタイのタバコがある。
去年の最終仕入れの際、国際空港の封鎖という有り得ない事態に遭遇し、
足止めをくらって現金がすっからかんになった私に、ある男がくれた物だ。
男を見かけるのは、大体日が暮れて猥雑さを増してきた夜のカオサン通り。
仕事は外国人目当ての路上のナンパ、ついでに薬物の売買を少々。
こう書くと、浅黒い肌に軽率な笑みを浮かべた若いタイ人を想像してしまうが、
彼は既に50を越えているのだ。
「そんなジジイに誰が引っかかるものか」と笑ってはいけない。
ピンクのコンバースにジーンズ、派手な色のシャツを着て、
通り過ぎる女に次々と声をかける様はどうみても30代、中々様になっている。
そういえばアパートに遊びに来たときには、
タイの女子大生と一緒だったなと思い出す。
中々のタフネスぶりである。
カナダ人の女に買ってもらったと言う、コンバースとお揃いの、
ピンクのスクーターの自慢話をひとしきり聞かされた後、
「飛行機が飛ばなくてカネも無くなったし参ったよ」と話を切り出すと、
飯は食ったか?喉は渇いてないか?と本気で心配して、
遠慮はいらないからと目の前の屋台に今にも注文しそうな勢いだ。
そんな男の財布には100バーツ札(約263円)が1枚入ったきりだったので、
礼を言って断ると、差し出したのが封を切ってない一箱のタバコだった。
その後すぐ飛行機が飛んで、もらったタバコを吸いながら店までたどり着いた訳だが、
一本また一本と火を点ける度にバンコクの喧騒は遠ざかり、
そして男への感謝の気持ちは強くなっていった。
タイでは「有る者が無い者に与える」のは特別なことでは無く、
当たり前のように日常のそこかしこに転がっていて、
厄介なことに、彼のような100バーツ札1枚しか持ってないような人間でも、
「人のために惜しみなく良いことをする」という仏教の教えに忠実であろうとする。
最後の一本に火をつけられないまま2ヶ月が経とうとしている。
彼がくれた一箱は、この先もずっと捨てられずに家のどこかにあって、
目にする度、事あるごとに、どこかスキのあるあの憎めない笑顔を思うのかと・・・
ここまで書いてはっと気が付いた。
女性ならずとも、男の私でさえ忘れられないあの笑顔。
飯やビールを奢らされたのは一度や二度じゃすまないけれど、
タバコ一箱でチャラにしてしまうあたり、さすがだなと唸ってしまうのだった。
宗教ってのはイイモンですね!
僕のタイでの愛モクは「ワンダァ~」のグリーンでした。
なかなかやるなあ、その男。そうやって幾多の女性の心も掴んできたんでしょうね。
僕は、助けられる事から始めてみようと思います。
>なれーすぎりさん
米食ってる仏教徒とは肌が合うような気がするんですよ。
インドから西はもう無理。
もちろんインドも絶対無理(笑)
>konkonさん
そうなんですよ。
日本の女性ももちろん、沢山釣れてるみたいです(笑)
>福ちゃん
あはははは!
福ちゃんを救ってくれるのは一体誰なのか?
そしてそれはいつなのか?
やはり雪がとけないとダメなのか?
春はまだ遠いねぇ(笑)